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東京地方裁判所 平成9年(ワ)6131号 判決

原告 大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 羽成守

右訴訟復代理人弁護士 菅谷公彦

被告 有限会社サンデー商会

右代表者取締役 B

右訴訟代理人弁護士 君山利男

被告 有限会社信友電設

右代表者代表取締役 C

右訴訟代理人弁護士 権田安則

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金一億三四二〇万五七二二円及びこれに対する平成六年七月二二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して、金一億五一八一万八九二二円及びこれに対する平成六年七月二二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、火災保険契約に基づき保険金を支払った原告が、被告らに対し、不法行為(使用者責任)による損害賠償請求の代位求償を求めるものである。

一  争いのない事実等(証拠等によって認定した事実は末尾に当該証拠等を掲記する)

1  原告は保険業を営む会社であり、被告有限会社サンデー商会(以下「被告サンデー」という)はビル清掃管理業等を営む会社であり、被告有限会社信友電設(以下「被告信友」という)は電気工事、空調設備工事等を業とする会社であり、被告サンデーの下請業者である。

2  原告は、衣料品製造販売業を営むa商事株式会社(以下「a商事」という)及びb不動産株式会社(以下「b不動産」という)との間で、東京都中央区〈以下省略〉所在のc店舗ビル(以下「本件ビル」という)につき、次のとおり火災保険契約を締結した。

(一) a商事分

(1) 証券番号 〈省略〉(以下「保険契約①」という)

契約日 平成六年二月二五日

契約期間 平成六年二月二八日から一年間

種類 店舗総合保険

保険金額 三億円(商品)

(2) 証券番号 〈省略〉(以下「保険契約②」という)

契約日 平成五年一二月二四日

契約期間 平成五年一二月二五日から一年間

種類 店舗総合保険

保険金額 一億五〇〇〇万円(商品)

(3) 証券番号 〈省略〉(以下「保険契約③」という)

契約日 平成六月三月二六日

契約期間 平成六年三月二六日から一年間

種類 店舗総合保険

保険金額 一〇〇〇万円

(二) b不動産分

証券番号〈省略〉(以下「保険契約④」という)

契約日 平成六年二月一五日

契約期間 平成六年二月二七日から一年間

種類 店舗総合保険

保険金額(建物)四億七二五〇万円

3  被告サンデーは、平成六年七月中旬ころ、a商事から、本件ビル内に設置されていたエアコン設備の点検修理を請け負い(以下「本件工事」という)、これを被告信友に下請けに出した。

4  D及びE(以下「Dら」という)は、被告信友の従業員であるが、平成六年七月二二日、前記3に基づき、本件ビル内に設置されていたエアコンの修理点検に当たっていたところ、本件ビル五階のエアコン設置場所において配管に小さな穴(以下「ピンホール」という)があるのを発見した。そこで、Dらは、右配管のピンホールの個所を、溶接バーナーを使用して補修(溶接)工事をしていたところ、同日午後三時五分ころ、右工事が原因で火災事故が発生した(以下「本件火災事故」という)。

5  本件火災事故により、a商事、b不動産に損害が発生した(弁論の全趣旨、なお、損害額については後に検討する)。

6  原告は、平成六年九月二七日、前記2の火災保険契約(保険契約①ないし④)に基づき、本件火災に基づく損害として、a商事に対し一億三五六八万八五九七円、b不動産に対し一九一九万三二五円、合計一億五四八七万八九二二円の保険金を支払った。そして、原告は、その後、残焼商品を売却して得た代金三〇六万円を充当したため、合計支払額は一億五一八一万八九二二円となった(保険代位の額)。(甲一、二)

二  争点

1  被告らの責任の有無

(原告の主張)

(一) 本件火災の原因

Dらは、本件ビル五階に設置されていたパッケージ型エアコンの冷媒配管にできたピンホールを修理するため、ハンドトーチ(溶接バーナー)を使って、蝋付けしようと冷媒配管を加熱したところ、漏れていた冷凍機油がハンドトーチの炎に引火して出火したものである。

(二) Dらの重過失

Dらは、ピンホールから冷凍機油が漏れていることを現認し、あるいは現認できなかったとしても、僅かな注意を払えば冷凍機油が漏れていることないしは漏れる可能性を容易に予測できたのに、これをせず、漫然と配管の漏洩箇所を加熱したため本件火災が発生したのであり、Dらには本件火災について重過失がある。

Dらが補修工事を行った場所には、資材(包装紙、袋)及び預かり品等が置かれていたのであり、ハンドトーチを用いて、業務として溶接工事を行う者は、消火器等を事前に準備するなどして周囲に引火しないようにする(引火した場合には直ちに消火できるようにする)注意義務がある。ところが、Dらは、漫然と溶接工事を行ったために本件火災を発生させたものであり、Dらには重過失がある。

(三) 被告らの責任

(1) 被告信友は、Dらの使用者であり、本件火災事故は、Dらが被告信友の事業執行中に起きた事故であり、被告信友は使用者責任を負う。

(2) 被告サンデーは、a商事からの本件工事を、被告信友に下請けに出したものであり、このような事実をa商事が知らない本件にあっては、元請人である被告サンデーも使用者責任を負う。

(被告らの主張、反論)

(一) 本件火災の原因に対し

本件火災の出火原因が、漏れていた冷凍機油がハンドトーチの炎に引火

して出火したものであることについては知らない。その余の事実は認める。

(二) Dらの重過失に対し

Dらには重過失はなかった。このことは、冷凍機油の濃度は微々たるものであり、溶接に当たっては無視できること、Dらはこれまで溶接による修理時に冷凍機油に注意すべき旨のマニュアル、パンフレットを見たことがないこと、過去に本件火災と同種の事故が発生していないこと等に照らし明らかである。

(三) 被告らの責任に対し

被告信友がDらの使用者であること、本件火災事故が、Dらが被告信友の事業執行中に発生した事故であることは認めるが、被告信友は使用者責任を負わない。

また、被告サンデーは、被告信友とは別個独立の法人であり、被告サンデーが被告信友の被用者に指揮、監督できる立場にもないので、被告サンデーは使用者責任を負わない。

2  損害の範囲

(原告の主張)

(一) a商事関係

a商事が本件火災により被った損害は次のとおりである。

(1) 商品 一億一二五五万七一四七円(臨時費用を含む)

(2) 什器 一〇三万一四五〇円(臨時費用を含む)

(3) 店舗休業損害 二二一〇万円(認定休業期間)

(4) 合計 一億三五六八万八五九七円

(二) b不動産関係

b不動産が本件火災により被った損害は次のとおりである。

(1) 建物損害 一四六〇万二五〇円

(2) 臨時費用 四三八万七五円 (建物損害の三〇パーセント)

(3) 残存物取片付費 二一万円

(4) 合計 一九一九万三二五円

(二) 査定された損害金の一定割合を限度とする臨時費用保険金及び残存物取片付費用保険金は、これを保険金として支払うことが保険約款上是認され、それ自体に合理性があるから、これが保険代位の対象になることは明らかである。

(被告らの主張)

(一) 原告からa商事、b不動産に支払われた保険金は、客観的で確実な資料に基づかないものであり、支払われた保険金額を損害とすることには疑問がある。

(二) 臨時費用保険金は請求の対象とはならない。商法六六二条によれば、代位の対象は被害者の加害者に対する請求権である。原告の主張に従えば、被害者が加害者に請求する場合は、損害についてその詳細を立証しなければ臨時費用の損害が認定できないはずなのに、原告の主張に従えば、代位した保険会社が請求する場合には、詳細を立証しなくても臨時費用分を突如加算できることになり、不合理な結果となってしまう。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件火災についての被告らの責任の有無)について

1  被告らの地位について

前記争いのない事実等3、4項記載の事実のとおり、(一) a商事は、本件工事を被告サンデーに発注したところ、被告サンデーは本件工事を被告信友に下請けに出したこと、(二) 被告信友は従業員であるDらを本件ビルに派遣し、Dらが、被告信友の業務として本件工事に従事したこと、(三) Dらが、本件工事中、溶接バーナーを使用して補修(溶接)作業に当たっていたところ、右作業が原因で火災事故が発生したことが認められる。右被告らの関係を前提にすると、Dらに本件火災事故発生について重過失が認められるならば、特段の事情がない限り、Dらの使用者である被告信友、被告信友の元請人である被告サンデーは、それぞれ使用者責任(民法七一五条)を負うと解するのが相当であるところ、本件全証拠を検討するも、特段の事情を認めるに足りる証拠は存しない。そうだとすると、被告らは、Dらに本件火災発生について重過失の責任が認められる場合には、使用者責任を負うことになるというべきである。

2  本件火災事故の原因について

〈証拠省略〉によれば、次の(一)ないし(四)の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

(一) Dらは、本件ビルのエアコンの修理点検に当たっていたところ、本件ビル五階のエアコン設置場所において配管にピンホールがあることを発見した。

(二) Dらは、右ピンホール部分を、銀蝋を溶かして修理することにした。そのためには、配管内のフロンガスを抜き取る必要から、まずフロンガスを別の容器に抜き取り、抜き取れなかったフロンガスをボンベに回収し、さらに屋上外機の接続部の配管を外してフロンガスを外部に放出した。そのうえで、Dは、溶接バーナーに点火し、この火を修理個所に当て、銀蝋による溶接を開始した。

(三) 溶接バーナーで約一分半程度加熱後、配管から火が吹きだした。Dらは消火活動をしたが火の勢いは止まらず、本件火災が発生した。

(四) 配管から火が吹き出した原因としては、配管内に冷凍機油が付着していたこと以外には考えられない。

以上によれば、本件火災の原因は、溶接バーナーを使って、エアコンの配管のピンホール部分を修理すべく、加熱中、配管内に付着していた冷凍機油が溶接バーナーの炎に引火して出火したと解するのが相当である。

3  Dらの重過失の有無について

〈証拠省略〉によれば、次の(一)ないし(五)の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

(一) 本件ビル内に設置されていたエアコンは、日立冷熱株式会社製のパッケージ型エアコン(RP-一五AL三型)であり、右配管内にはフロンガスのみならず潤滑油としての働きを持つ冷凍機油(JOMOフレオールF二二)が入っており、配管内では両者が混合した液状で循環している。

(二) 前記(一)の冷凍機油の引火点は、摂氏一八四度である。

(三) 冷凍機油がたまりやすいのは、エアコンが設置されている場所のエアコン用配管部分(甲八の第3図)である。本件修理個所は、冷凍機油のたまりやすい部分であった。

(四) 冷凍機油を取り除くためには、フロンガスを取り除くだけでは足りず、バルブを開けるなどして別個に取り除く必要がある。

(五) Dは、これまでのエアコンの修理作業の講習で、配管内には冷媒ガスと潤滑油の混合ガスが入っている旨の講習は受けていた。また、本件のエアコンの発売元の説明書(甲一一)には、配管内にフロンガスのほかに冷凍機油が入っているとの記載がある。しかし、Dらは、エアコンの配管のピンホール部分の補修工事に当たっては、これまで、フロンガスを抜き取ったことを確認の上、溶接バーナーを使用する方法で行っていた。右方法でこれまで事故が発生していなかったことから、Dらは、冷凍機油については、全く念頭になく、フロンガスの抜き取りを確認しただけで、溶接バーナーに点火し、配管部分を加熱した。

以上の事実を前提に、Dらに本件火災事故発生について重過失があったか否かについて、検討する。

Dらは、溶接バーナーという火気を使用して修理に当たっているものであるから、溶接バーナーで加熱する部分にどのようなものが付着しているかを確認する義務がある。しかるに、Dらは、配管内はフロンガスだけではなく、冷凍機油も存するという知識を有しながら、これを取り除くことなく冷凍機油のたまりやすい部分に漫然と溶接バーナーの火を当て加熱したのであり、重大な過失があったと認めるのが相当であり、右判断を左右するに足りる証拠はない。

4  以上1ないし3の検討によれば、被告サンデー、被告信友は、本件火災事故について使用者責任を負うことになる。

二  争点2(損害の範囲)について

1  a商事の損害

(一) 商品損害について 金一億〇七六八万八五九七円

(1) 損害率

① 原告は、a商事の商品損害の損害率を算定するに当たって、F作成の鑑定書(甲三号証、以下「F鑑定」という)に依拠している。これに対し、被告らは、F鑑定を弾劾するため、G作成の報告書(乙二号証の1ないし3、以下「G報告」という)、H作成の報告書(丙四号証の1、以下「H報告」という)を提出する。そこで、以下、右鑑定書、報告書の信憑性等について検討する。

② 〈証拠省略〉によれば、次の事実が認められる。

ア 本件ビルは、鉄筋コンクリート陸屋根、地下一階地上九階建ての建物であり、b不動産の所有にかかり、a商事が地下一階から地上八階までを、衣類の販売、倉庫として使用していた。

イ 平成六年七月二二日午後三時ころ、本件ビルの五階部分から出火した。

ウ 火災により物理的損傷があったのは本件ビルの五階部分だけであったが、四階、六階部分は、五階部分ほどではなかったが、消火活動による販売用の衣類への汚損、臭気が付着していた。

エ 本件火災により商品の素材である化学繊維が燃え、エアコンの配管等が燃えることにより煤煙、異臭等が発生した。当時、各階のエアコンが作動していたため、空調機室共通ダクトを通して、各階吹き出し口より、五階で発生した煤煙、異臭等が全館にひろがった。

オ 原告の担当者であるI、F鑑定人らは、本件火災事故当日の平成六年七月二二日から二五日まで、連日、本件ビルに赴き、本件ビルの地下一階から地上九階まで全館にわたって損害調査した。本件火災で発生した異臭等は、徐々になくなり、平成六年七月二五日ころにはほとんどなくなった。G鑑定人は、被告サンデーの契約しているAIU保険会社に依頼された鑑定人として、また、H鑑定人は被告信友の契約している住友海上火災保険株式会社(以下「住友海上」という)に依頼された鑑定人として、平成七年七月二五日に本件ビルの損害状況を検分した。

カ F鑑定書とG報告書、H報告書は、いずれも五階部分を全損とする点では共通している(ただし損害額については別である)。その差は、五階部分以外にも損害が発生しているかどうかという点である。F鑑定書は、損害があるといい、G報告書、H報告書はないという。

キ 原告の社員であるJと住友海上の社員であるK(以下「K」という)が本件火災事故の損害について意見交換しているが、Kは本件ビルの五階部分は全損、四階、六階は損害率(商品)を一〇パーセントとみているが、場合によっては三〇パーセントとの認定でもやむなしとの考えを、原告側に伝えている(甲二〇、二二)。

ク ところで、F鑑定書は、商品の損害率について五階を一〇〇パーセント、六階を約四三パーセント、四階を約三一パーセントと査定するほか、地下一階、一階を五パーセント、二階を約一〇パーセント、三階を約一五パーセント、七階を約一四パーセント、八階を一〇パーセントと査定している。

③ 以上を前提に検討すると、G鑑定人、H鑑定人が本件ビルを検分したときには、火災から三日を経過し異臭がほとんどなくなっており、これを前提に、五階以外に被害はなかったと鑑定していると推認することができ、G、H鑑定人の各報告書は採用することができない。住友海上の担当者であるK自身、四、六階には被害があったことを認めているのであり、その損害率は住友海上のKの考えていた案とF鑑定との間にそれほど差異がないこと、前記のとおり本件火災により本件ビル全館に異臭等が立ち込めたこと、被害の対象が衣類であり異臭を吸収しやすいものであること(弁論の全趣旨)をも考慮すると、損害率については、F鑑定書の記載に信憑性があり、右判断を左右するに足りる証拠は存しない。したがって、F鑑定の商品損害の損害率に従って商品損害を算出するのが相当である。

(2) 本件火災当時、本件ビルに存在した商品価格

前記(1)の損害率を前提にすると、本件火災当時、本件ビルに存在した商品の価格(原価)に、前記(1)のF鑑定の損害率を乗じれば、a商事の被った商品損害が算出することができることになる。ところで、原告は、商品価格を算出するに当たり、本件では売価還元法に依拠しているが、右手法に合理性があったか否かを検討する。

〈証拠省略〉によれば、次の①ないし④の事実が認められる。

① a商事では、本件火災当時、棚卸資産の評価方法として、いわゆる売価還元法を採用していた。売価還元法とは、売価から原価を求める方法で、小売価格の商品棚卸高に原価率を掛け、原価額を計算し、期首の繰越原価と当期の仕入原価との合計から期末の棚卸原価を差し引いて売上原価を求める方法であり、a商事のように商品を大量に取り扱う小売業、卸売業、百貨店、スーパーなどで利用されていた評価方法であった。そこで、原告も、a商事の商品損害の算定に当たっては、売価還元法に従うことにした。

② 原告は、a商事に資料提供を求めたところ、a商事は、「a商事馬喰町店フロアー別売価在庫表」(甲一四号証)、「a商事馬喰町店フロアー別売価在庫・コスト在庫表」(甲一六号証、以下「フロアー別売価在庫表」という)、「平均在庫リスト」(甲一五号証)、日本橋消防署に提出した「動産り災申告書」(甲一七号証)、税務申告資料である「確定申告書」、「貸借対照表」、「損益計算書」(甲一八号証の1ないし3)等を提出した。在庫数量を示す「フロアー別売価在庫表」については、その基礎となるデータがa商事本社の電算機に入っていた。そこで、原告の社員が直接、右電算機データを閲覧し、サンプル調査し、「フロアー別売価在庫表」に記載されている内容と右電算機のデータとの間に齟齬のないことを確認した。

③ 右「フロアー別売価在庫表」に記載されている五階部分の在庫数量は二八六九点、売価額は五五三三万二一九〇円となっている。この、五階部分の商品については、甘糟商事株式会社が引き取ったが、その「衣料品明細」表(甲一九号証)によると、右引取商品数量は二五七三点、回収したタグによる売価額は五〇〇八万八四〇〇円となっている(なお、住友海上のK自身、佐志田倉庫で、搬入した五階部分の商品の品物点数を現認して確認している)。右「フロアー別売価在庫表」と「衣料品明細」表とに記載されている数量と売価額の相違(割合にして一〇・四パーセント)は、焼損し廃棄処分した商品が存するためであることを考えると、売価還元法によって算出された右売価は、極めて正確であったことが認められた。

④ a商事は、当初、原告に対し、全商品が販売できないとして、四億円の損害を主張していた。その後、前記「フロアー別売価在庫表」等をもとに二億三六五九万一三六〇円が損害であると主張したが、原告は、前記損害率、「フロアー別売価在庫表」等を基に、F鑑定人、甘糟商事等衣料引取り業者など専門家の意見なども参考にして、商品損害を一億〇七六八万八五九七円と査定した。そして、原告は、a商事に対し、保険契約①の商品損害として七一七九万二三九八円、保険契約②の商品損害として三五八九万六一九九円、合計一億〇七六八万八五九七円を支払った。

以上①ないし④によれば、原告の商品損害の査定方法はそれなりに合理性があり、その査定価格は是認できる。この点、被告らは商品の仕入伝票、帳簿等に当たるなどして、もっと客観的資料に基づいて損害額を算出すべきであると主張する。確かに、被告らの主張する方法の方が、より客観的であることはいうまでもない。しかし、本件では、被害品が多数にわたること、原告は電算機のデータでa商事の在庫を確認していることなどを勘案すると、原告のとった手法で損害額を認定できないとするまでの事情は認められないというべきである。また、被告らは、原告の査定は、a商事が原告の大口顧客であることから優遇措置をとったものであると主張する。確かに、被告らの疑念はもっともな点がないではないが、いかんせん憶測、批判にとどまり、本件全証拠を検討するも、これを証するに足りる証拠は存しない。

(3) 臨時費用について

原告は、商品損書の臨時費用として四八六万八五五〇円を請求する。甲四号証によれば、原告は、a商事に対し、臨時費用として、四八六万八五五〇円(保険契約①②につき、各金二四三万四二七五円)を支払っていることが認められるが、本件全証拠を検討するも、a商事が、前記(1)、(2)で認定した商品損害以外に商品損害があると認めるに足る証拠はなく、原告がa商事に支払ったからといって、これを被告らに請求する根拠はないというべきであり、この点についての、原告の主張は理由がない。

(二) 営業用什器備品の損害 金九〇万円

前記(一)、(1)、①で認定した事実及び〈証拠省略〉を併せ勘案すると、a商事は、本件火災により、ハンガー、マネキン等の営業用備品が、焼損、油煙による染み、汚損等で損害を被り、その額は九〇万円であったこと、原告は右損害額を保険契約③に基づき支払ったことが認められる。そうだとすると、原告は、被告らに対し、営業用什器備品の損害として、九〇万円の支払を請求することができる。

なお、原告は、a商事に臨時費用として、一三万一四五〇円を支払ったと主張するが、本件全証拠を検討するも、a商事が、営業用什器備品の損害としては前記認定以外に損害があったと認めるに足る証拠はなく、原告がa商事に右金額を支払ったからといって、これを被告らに請求する根拠はないというべきである。

(三) 店舗休業損害 金一一〇一万六八七五円

(1) 休業期間

〈証拠省略〉によれば、次の事実が認められる。

a商事は、本件ビルで、年中無休で営業していたが、本件火災により、被害調査、復旧工事(深夜突貫工事)等で、平成六年七月二二日午後三時ころから同年八月三日まで、本件ビル全館で、営業を停止した。そして、a商事は、八月四日から、五階部分を除く本件ビルでの営業を再開した。全館での営業は、平成六年九月に入ってからであるが、これは、本件火災を機に五階部分の改装工事をしたことが影響していた。

以上によれば、本件火災による、a商事の休業期間は七月二二日から八月三日までの一三日間、全館休業と認めるのが相当である。

(2) 休業期間中の営業損害

① 前記認定のとおり、板善商事では、本件火災当時、棚卸資産の評価方法として、いわゆる売価還元法を採用していた。そうだとすると、ここでも、休業期間中に対応する売上高を試算し、これに利益率を乗じ、これから営業経費を差し引けば、営業損害を導くことができる。この方針に従って、休業損害を算出するのが相当と考える。

② 〈証拠省略〉によれば、次の事実が認められる。

ア 売上高

平成五年八月一日から同六年七月二二日までの間のa商事の本件ビルでの売上高は一六億六一一八万九九三六円であった。平成六年七月の営業が二二日までなので、仮に、本件火災がなく、三一日まで営業したとすれば、同年七月の売上高は一億一〇七六万六九五一円(7860万8804円×31÷22=1億1076万6951円 円未満切り捨て)となる。そこで、平成五年八月一日から同六年七月三一日までの間のa商事の本件ビルでの売上高は一六億九三三四万八〇八三円であったと推認するのが相当である。

イ 利益率

a商事は、薄利多売の商売で粗利率は低く、専門百貨店の半分程度である。a商事は、原告に対し、夏物商品は、冬物商品に比べて、利幅が少なく、加えて決算前のバーゲン中であったことも重なり、本件火災発生当時の利幅は二〇ないし二五パーセント程度であると説明した。

また、前記「フロアー別売価在庫表」によれば、全商品の利益率は平均で約二五パーセントであった。

以上によれば、本件休業期間中の利益率は、二〇パーセントであったと認めるのが相当であり、右判断を左右するに足りる証拠は存しない。

ウ 営業経費

本件火災事故による休業期間内において、支払いを免れた経費は、旅費交通費、接待交際費、事務用品費、通信費、荷造包装費など合計一〇四万五、三三〇円であった。

③ 以上の数字に基づき、休業損害を計算すると、金一一〇一万六八七五円(16億9334万8083円×13÷365×0・2-104万5330円=1101万6875円)となり、右判断を左右するに足りる証拠は存しない。

なお、原告は、平成四年度(平成四年八月一日から同五年七月三一日まで)における馬喰町店の売上高を基礎に、休業中の営業損害を算出しているが、本件火災事故の発生した平成五年度の売上高を基礎にするのがより正確と思われるので、原告の算定方法は採用しなかった。

④ 原告は、a商事に対し、保険契約①、②の店舗休業損害として、前記裁判所が認定した損害額を上回る二二一〇万円を支払っている。

(3) 以上(1)、(2)によれば、本件火災によるa商事の店舗休業による損害は、一一〇一万六八七五円と認めるのが相当である。

2  b不動産の損害(建物の損害) 金一四六〇万〇二五〇円

〈証拠省略〉によれば、次の(一)ないし(四)の事実が認められる。

(一) 本件火災により、煤煙、消火粉塵が、天井裏ダクト、吹出口より本件ビル内に噴流し、特に、五階部分は、天井ボードの変色焼損が著しいなど、損害が大きかった。

(二) b不動産は、b不動産からは、塗装、空調関係の工事等一〇件が必要であるとして、原告に対し、二二三九万七七一一円の請求がされた。これに対し、原告は、五階部分についてはエアコンの取り替え、天井ボードの交換、内壁・床の再塗装及びクリーニングが必要だと考えた。五階以外の損害としては、階段部分、エレベーター出入口付近に限り、五階と同様の工事を要するものと認めた。しかし、案内表示板、五階以外の塗装工事等の費用は損害として認定しなかった。

(三) 原告が建物の損害として認めたものは次のとおりである。

(1) 空調設備工事

株式会社アスカ工芸社(以下「アスカ」という)提示の見積額四四八万九七五〇円(消費税別)のうち、金三七四万円を損害として認めた。

(2) 塗装工事

アスカ提示の見積額八二八万〇七〇〇円のうち、四五三万二九〇〇円を損害として認めた。

(3) 木工事

アスカ提示の見積額三三九万三四〇〇円(消費税別)のうち、一五二万二五〇〇円を損害として認めた。

(4) 防災設備費工事

株式会社d商店提示の見積額五三万円(消費税別)のうち、四九万円を損害として認めた。

(5) 昇降設備工事

アスカ提示の見積もりのうち、エレベーター内部案内板、エレベーター内部インジケーターについては、そのまま損害として認めた(取付け手間賃を含め合計金額二一万五〇〇〇円)。

(四) 原告は、以上の査定により、本件火災により必要となった建物の工事費用を一六二二万二五〇〇円と認定した。その上で、更に経年による償却一〇パーセントを減じ、本件火災による建物の損害額を一四六〇万〇二五〇円とし、右金額を、b不動産に保険契約④に基づき支払った。

以上によれば、原告の本件建物の損害の査定の経過に不自然、不合理な点は認められず、一四六〇万〇二五〇円をもって建物の損害と認めるのが相当である。

なお、原告は、b不動産に対し、臨時費用として右金額の三〇パーセントにあたる四三八万〇〇七五円を、残存物取片付費として二一万円を支払ったとして、これをも被告らに請求するが、本件全証拠を検討するも、b不動産の本件火災による建物の損害としては前記認定の一四六〇万〇二五〇円以外に損害を被ったと認めるに足る証拠はないので、この点の原告の請求は理由がない。

第四結論

以上のとおり、原告の請求は、被告らに対し連帯して一億三四二〇万五七二二円及びこれに対する平成六年七月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容することとし、その余は理由がないので棄却する。

(裁判官 難波孝一)

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